蔵人便り

SINAPによる復興レポート -金野社長との初対面の日-

2011年06月03日 シナップが初めて金野社長とお会いした日だ。面会の前に陸前高田の被災状況をどうしてもこの目で確認する必要があった。映像や写真では見た事があったが、この目で直接みておかないと、社長の話を理解できないのではないかと思っていたからだ。

CIMG0157.JPG一関より1時間程車を走らせ、山を下りきったところで視界が急にひらけ、ここまでの景色とまったく違うものが広がっていた。河を覆う大量のガレキ。川沿いにあったであろう住宅はほとんどが全壊の状態だ。そこに人が住んでいたことは、わずかな慰留物だけが証明している。
震災から3ヶ月経ち、瓦礫もずいぶん片付いたのか、倒壊した建物の土地は細かい木片が残っているものの、住宅の構造体はほとんどが残っていない。
川を渡る大船渡線の鉄橋は押し寄せた津波の勢いに流され、その1/3程の形を残し、川に向かって垂れ下がっている光景が印象的だった。

 

車を進め、酔仙酒造の敷地の前まで来ると、そこに広がる光景はさらに壮絶なものであった。見渡す限りなにも無い光景。海岸線からは3,4Kmは離れているはずだが、目線を遮るものがほとんどないので、どこに海岸線があるのかはっきりとわかる。近くの3階建ての鉄筋造のアパートは津波に流されずにその形を残しているものの、最上階の窓ガラスまでが津波で割れている。高さにして10m以上はあるだろうが、そこでも今回の津波では被害を受けてしまっていた。

酔仙酒造の敷地は文字通り壊滅の状態で、ここが酔仙酒造の敷地だとわかる建造物は何一つ残っていなかった。所々に流された、直径3m、長さ5m程のお酒をいれる大きなタンクはも津波の力の大きさをもの語っていた。そんななか、その一角に津波の中で割れなかった一升瓶、樽が並べられていた。酔仙酒造の社員の方なのか、ファンの方なのか、すこしでも酔仙の跡を残そうとならべたのだろう。その様子を思い浮かべると切ない気持ちを抑えきれなかった。

酔仙酒造の敷地を見学し、金野社長と初めてお会いする事になった。社長は震災時の事、その時の非難の様子まで細かく私たちに話してくれた。実体験として語られるエピソードはどんな映像よりもずっとリアリティがあり、その時の状況を思い浮かべると恐怖すらかんじるものだった。

さらに、社長はいまの会社の状況、これからの酔仙のお話をしてくれた。そこで話してくれた内容に私は正直驚きを隠せなかった。なぜなら、あの震災からわずか3ヶ月しかたっていないのに、酔仙酒造が具体的に復興に進んでいるという内容だったからだ。この人たちはこんな事には負けないん人たちなんだと、優しい口調の奥に秘める力強さを感じる事ができた。そして時折話してくれる日本酒にまつわるエピソードからお酒への強い情熱を感じる事もできた。

私たちに何かできる事はないか。この方達の復興を支援していきたい。そう思った瞬間だった。

「負け惜しみではないが、何もかも全て 流されてしまって、ある意味ではいさぎよく過去を断ち切って再出発できる」

金野社長が帰り際に私たちに残した言葉だ。

株式会社シナップ 柿内 暢昌

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